この記事のポイント
- AIの普及によって「知っている」ことの価値は下がり、「確かめる」ことの価値が上がっている
- AIの答えは自信満々に間違えることがあり、疑う力がこれまで以上に重要になる
- 最終的に判断し選択するのは人間であり続ける、という前提で教育や思考の習慣を設計する必要がある
AIが多くの答えを瞬時に出してくれる時代に、人間にはどんな思考力が必要とされるのでしょうか。私たちは、この問いを日々の事業の出発点に置いています。
「知っている」ことの価値が下がった
知識を記憶し、正確に再現する力は、これまで学力の重要な指標でした。しかし、AIが膨大な知識に即座にアクセスできる時代において、「知っている」ことそのものの価値は相対的に下がりつつあります。
代わりに重要になるのが、AIが出してきた答えを、そのまま受け取るのか、それとも確かめるのか、という判断だと私たちは考えています。
AIの答えを「疑う」という新しいリテラシー
AIは、もっともらしい誤りを、自信満々に返してくることがあります。この特性を知らずにAIの答えをそのまま信じてしまうと、誤った判断につながるおそれがあります。
Ordinovaが大切にしている「疑う力」は、AI時代においてはむしろ以前より重要になっていると私たちは考えています。AIの答えも、常識も、権威ある意見も、「本当にそうだろうか」と一度確かめる。この姿勢が、AIと付き合ううえでの新しいリテラシーになりつつあります。
最後に決めるのは、人間であり続けるために
Ordinova教育憲章の第五章にあるとおり、私たちはAIが子どもの代わりに考え、結論を決めることを目指していません。AIは問いを返し、別の視点を示す伴走者であり、最後に答えを決めるのは本人です。
AI時代に人間に求められる思考力とは、AIより速く計算する力でも、AIより多くを記憶する力でもありません。AIが示した答えを確かめ、理解し、比べ、自分の言葉で判断する力です。私たちは、この力を育てることこそが、これからの教育の中心になると考えています。
「もっともらしい間違い」を見抜けるかどうか
AIが厄介なのは、間違えること自体ではなく、間違いが自信満々な口調で語られることにある。人間が不確かなことを話すときは声のトーンや言い回しに迷いが出やすいが、AIの出力にはその手がかりがない。もっともらしい文章で、事実と異なることを断定的に述べることがある。
このとき歯止めになるのは、知識量ではなく「本当にそうだろうか」と一度立ち止まる習慣である。Ordinovaが子どもの頃から重視しているのは、正解を暗記させることではなく、示された答えに対して「なぜそう言えるのか」を自分の言葉で問い直す経験を積ませることだ。